撮影:松葉襄

「マル秘」井伏鱒二さんの思い出 その3・井伏さんの贔屓、ある寿司屋さん

井伏さんは寿司が大好きで、気楽に店に出かけた。お気に入りの店といえば、なんと言っても四面道の「山新寿司」であった。よく通いよく飲んでいた。井伏さんが文化勲章受賞したときも、ひとり静かに、この店のカウンターで飲みながら(写真)、その報をまち、朝日の記者からの一報で確認した。
 井伏さんの寿司好きは出かけるばかりでなく出前もよくとった。外に出られなくなって亡くなる直前まで出前を取った店は、この山新寿司であった。
 晩年になって井伏さんがよく行く寿司屋といわれたのが教会通りのピカ一という店。新聞、雑誌、テレビでよく取り上げられた。なんでも最初は、NHKのディレクターが井伏さんを訪れた帰りに誘って、たまたまはいった通りすがりの店だったと聞く。
 確かに、この店は、井伏さんの行き帰りによく通る教会通りにあって便利だったと思う。しかし、井伏さんを上手に使う店の亭主には疑問符が付いた。亭主は、なかなかの商売上手で、魚河岸から井伏さん好みの井伏さん用のネタを仕入れると井伏さんを誘ったと聞く。また、井伏さんが気楽にサインするボトルを空くと店に並べ、井伏さんの通う店とアピールもした。井伏さんの通う荻窪のどこの店にも、サインされたボトルはあったのだが、大抵はそのまま捨てていたという。      
 その後に、出版、テレビ関係などが、井伏さんを取材するとき、店の内容を調べもせず前に続けと安易に、このピカ一の名を出すので、私をガッカリさせた。

写真・文 松葉襄