撮影:松葉襄

「マル秘」井伏鱒二さんの思い出 その5・井伏さん」と呼んで!

 井伏さんのお宅には、当然のことではあるが、出版社関係ほかいろいろな人たちが、よく詰め掛けてにぎやかだった。そんなお相手がいなければ将棋ということになる。
 いつ作品を書いているのだろかと思ってしまうぐらいだ。
 そうした人たちに混じって中には学生も目にした。学生は、たいていは書いたものを見てくださいというので、それはまだいい方で、ずうずうしいことに卒業論文を見てほしいというのにはあきれるばかりだった。たいていは、その様子を察して節代夫人が、優しくお引き取りいただいていた。
「先生、先生」と、憧れで慕って訪れていた女子学生も多かった。そんなときにはやさしく話していた井伏さんではあったが、中には文学論などを言い始めることがあった。すると、即、「すぐ帰りなさい!」と、語気を強めて追い帰していた。それは井伏さんにとって、もっとも嫌いな話しだったようだ。
 そんなある日、番記者と同じく「先生」と言っている私に、「松葉君、井伏さんでいいんだよ」と、何かの拍子に言われた。なぜか、今もって理由はわからないのだが、それ以来、私は、「井伏さん」とさん付けで親しく呼ぶことをさせていただいている。

写真・文 松葉襄