
「マル秘」井伏鱒二さんの思い出 その6・「井伏鱒二」の表札 ある日の井伏さんの話から
「ひと悶着があったから、家が出来上がった時は、それは、うれしかったね。引っ越してきてまず思ったのは表札だよ。門に付けけたときは、さすが、自分の家ということをしみじみ考えてしまたが、やっぱりいいもんだ。ところが、ある時、その表札がないことに気が付いてね、それで、急いで新しいのを付けたんだ。それが三度目かのときには、これは変だ、もしかしたら、だれかに持っていかれてるんだと…ね、思ったよ。迷惑だよね君。それで、表札は名前を紙に書いて張ることをしたんだ。しかし、それも持っていかれるとね…。表札をつける気もなくなってしまってね、門に何もない時もあったよ。
それでも訪ねて来る人を思うと、今度は名詞にしたんだが、それでも無くなるんだ。貼ったり付けなかったりの追いかけっこだよ。もうやめたけど、井伏の家ということは門札がなくても分かってるだろうからね。人の迷惑を考えてほしいものだね」。
写真・文 松葉襄