荻窪・花百景・3
角川庭園の芭蕉の木

荻窪三丁目にある「角川庭園・幻戯山房すぎなみ詩歌館」の元の主は、角川源義である。言うまでもなく、角川書店の創立者であり、高名な俳人である。
出身地の富山県に住んでいるご両親を呼び寄せるため、昭和三十年に建てた近代数奇屋造りの家屋は、手入れの行き届いた生垣に囲まれて、当時の面影を残している。
昭和五十年に源義さんが亡くなり,「さいはての句碑にかけおく春ショール]という美しい句を詠んだ照子夫人も、平成十六年に亡くなった。
源義さんの御長男の春樹さんは、俳句をはじめ幅広い分野で活躍中の才人だが,「存在と時間とジンと晩夏光」は、私の最も好きな句である。こんな句は誰にでも詠めるというものではない。名家に生まれ、偉大な父親を持ったがための、気負いと倦怠感が、私の胸に刺さる。
照子夫人の歿後、居宅が杉並区に寄贈され、一般公開に至った。
この家の玄関先に、芭蕉の木がある。梅、椿、松、泰山木などの庭木の中に、バナナのような葉を拡げる南国風の芭蕉は、そぐわない感じで、初めて見た時は戸惑った。だが、この木は、松尾芭蕉なのである。源義さんは、先人に最大の敬意を払って、我が庭にその一株を植えたのだろう。
私も七十代半ばを過ぎ、人並みに身の始末を考え始めた。生憎、財産など何一つなく、せめて辞世の句を一首残しておこうと思いたって,句会に入門した。
私は、二度結婚したが、子どもを産んでいない。幸い、再婚した夫の気のいい二男が「母ちゃんの骨は、俺らが拾ってあげるよ」と言っている。そこで、「私が死んだら辞世の句を柩に添えてね」と頼んだところ、「あいよ、分かったョ。俺らを泣かせる良い句を作っておくれ」と返事があった。
角川家とは随分レベルが違うが、一般庶民の家庭は、せいぜいこんなものだろう。