オーロラの碑(杉並区立公民館跡) 撮影:荻窪百点

オーロラの碑(杉並区立公民館跡)

松葉編集長松葉編集長

杉並区立公民館で行われた区民の自主活動から起こった運動は原水爆禁止運動です。

昭和28年11月、杉並区民の教養向上や文化振興を図るため、杉並区立公民館が荻窪に開設され、各種の教養講座が設けられました。そして、社会教育の拠点として区民の自主活動も活発に行われました。そうした活動の中で特筆されるのは、原水爆禁止署名運動へとつながった勉強会です。昭和2 9年3月のビキニ環礁水爆実験( ※ 1 )は、主婦たちが放射線汚染の怖さを知る勉強会となり、同館を拠点として区民の有志が杉並図書館長・安井郁氏と話し合い自然発生的に原水爆禁止運動を展開していきました。 一方、そうした動きに呼応するように杉並区議会において原水爆禁止の決議が議決されると、この連動を推進するため同年5月9日、原水爆禁止署名連動杉並協議会が結成され、水爆禁止の声明をもって全世界に原水爆禁止を訴えました。これが後に有名になった「杉並アピール」です。これにより原水爆禁止運動は署名運動として全国に広がり、広島大会など世界の平和運動へと大きく展開しました。 昭和3 0年8月6日、広島で第一回原水爆禁止世界大会が開催されました。それは1 0年前の原爆投下の日でした。この頃には、国内の署名数は3千2 0 3 8万となり、全世界では6億7千万に達していました。この素晴らしい結果は、東京都の杉並区、それも荻窪の庶民の声から起きたものでした。 その拠点となった公民館は老朽化により、平成元年3月末日をもって廃館となり、その本来の役割は社会教育センター(セシオン杉並)に発展的に継承されましたが、その公民館の歴史を記憶にとどめるとともに、杉並は原水爆禁止運動発祥の地として、人類普遍の願いである永遠の平和を希求し「オーロラの碑」が、公民館跡地に建立されました。

その建立碑には以下の通り刻まれています。

記念碑の由来
昭和28年11月に開設した杉並区立公民館においては、区民の教養向上や文化振興を図るため、各種教養講座が開かれ、また、社会教育の拠点として、区民の自主活動が行われてきました。
これらの活動のなかでも、特筆されるものは、昭和29年3月ビキニ環礁水爆実験をきっかけとして、杉並区議会において水爆禁止決議が議決されるとともに、同館を拠点として広範な区民の間で始まった原水爆禁止署名運動があり、世界的な原水爆禁止運動の発症の地と言われております。
その公民館も老朽化により平成元年3月末をもって廃館されましたが、その役割は杉並区立社会教育センター(セシオン杉並)に発展的に継承されております。
ここに、公民館の歴史をとどめるとともに、人類普遍の願いである永遠の平和を希求して記念碑を建立したものであります。
平成3年3月 東京都杉並区

住所  東京都杉並区荻窪3丁目47−2